旅程未定

瀬戸内海を飲み干したい

旅の断片|1 はまかぜ5号

金曜日、18時、大阪駅

都会のターミナルにディーゼル特急が滑りこんでくる光景に、何とも言い難い気分の高揚を感じる。東京には無い光景だ。

帰路に就くサラリーマンを詰めた新快速を神戸方に押し出して、3両編成の気動車がやってきた。駅に着くや否や、「呑気に写真なんか撮ってる時間はないぞ」と言わんばかりにドアを閉める。こいつ自身も新快速に追われる身なのだ。

 

電光掲示板の「鳥取」の文字と軽油の香りが醸し出した旅情は、新快速に挟まれて肩身が狭そう。

走り出した気動車が運ぶのは、私が勝手に期待していたような旅情とは正反対のサラリーマンたちだった。その様子はさながら通勤特急だ。ならばあの忙しなさも納得である。

 

列車線という名のトラックをゆく3名のランナー。

先頭を走るは3499M 新快速姫路行。野洲からスタートしウォーミングアップを済ませている。

2番手は我らが5D 特急はまかぜ5号。4時間半かけて鳥取までの長距離走に挑む。

それを追いかけるのは3501M 新快速播州赤穂行。はまかぜと同じく大阪からスタートする。

唸りをあげて加速したはまかぜ5号は、一定の速度に達すると大人しくなってしまう。前後の新快速に追いつくことも追いつかれることも許されない、何とも窮屈な走り。スーツ姿を少しずつ吐き出しながら西に向かう。

順位変動のないまま一行は姫路に到着しレースは終わる。

1着の新快速は野洲からの疲労が祟って姫路で力尽きた。2着のはまかぜと3着の新快速播州赤穂行は、少々の休憩で息を整えて、19時21分、それぞれの目的地へ再び走り出す。

 

「姫路から播但線を通りますので、列車の進行方向が変わります。座席の向きを変えられる際は座席下のペダルを踏んで…」

アナウンスが流れると、車内にペダルを踏む音が響き始める。その数はまばらだ。乗客の大半は姫路までに散ってしまい、ほとんどの座席は逆向きのままだ。

姫路から寄り添ってきた市川はいつの間にか山の中に消えてしまった。ここから先は円山川とともに城崎まで行く。ぬるっと分水嶺を超えて日本海側に出たらしい。

これだけあっさり抜けられる峠なら、ちょっと頑張れば水運に使えないものかと考えてしまう。

実際に江戸時代には西廻り航路の短絡ルートとして検討されてきたそうだ。素人目には大幅ショートカットに見えるが、上流部を結ぶ陸送がネックとなり大量輸送は担いきれなかったらしい。遥か彼方下関を廻るほうに軍配が上がるぐらいには、荷物の積み下ろしは大量輸送に不向きであったのだろう。

 

和田山から山陰本線に入り豊岡、城崎温泉と停まった頃には、車内は貸切状態になってしまった。

そんなガラガラの車内で、「はまかぜ5号」の存在意義について考えてみる。

通勤特急に徹するなら姫路で止めればいいし、兵庫県内の南北の移動も足すなら豊岡止めで事足りる。

こんな夜遅くに鳥取まで行く理由がわからないけれど、乗れば納得できると思ってた。

実情を見るとちゃんとガラガラで更にわからなくなってしまった。

そんな文章をダラダラと綴ってるうちにはまかぜ5号は本当に豊岡止めになってしまった。

 

列車は本州の背を撫でながら西に向かう。かれこれ数時間窓が真っ黒で、ハイライトとなる余部鉄橋もいつ通ったかさえ分からない。

少し開けてきたなと思うと間もなく鳥取駅に着いた。4時間半の長旅が終わった。

 

 

キリっと冷えた空気を吸って伸びをしていると、青い顔した気動車が颯爽と滑り込んでくる。

こいつの名前は「スーパーはくと13号」。我々よりも2時間遅く大阪を発車している。

圧倒的な”””力”””の差を目の当たりにしてはまかぜと一緒にしゅんとしながら東横インした。

 

明日は若桜に行ってみよう。